はい、どうも。

ここの読者の皆さんて
小さいお子さんをお持ちの方から
我が子の結婚まで経験された方
果ては孫までおられる方、
いろんな方が読んで下さってるんやけど

私はつい最近
JK(女子高生)改めJD(女子大生の長女)の
大学受験から県外に一人暮らしさせるまでの
過程を経験させてもらいました。

まあ、特に泣けるような話でも無いし
いい話でも無いんやけど
この一連の出来事の舞台裏を
書いてもいいですか。

ただ、記事が くっそ長いので
2,3回に分けて読まなあかんかも
しれんわ。

だからポチっとクリックだけ
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今日も面倒くさい ひと手間
ありがとうございました。
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そもそもうちのJDは、まーバカやから
輝かしい大学に行けるはずもなく、
せやから私も父ちゃん(主人)も
『県内の国公立に行けないんやったら
働け』と
JDには ずーっと そう言うてあって。

ところが必死に勉強する気配は
全く無くて。

けどJDには幼い頃から
勉強を強要してきてしまったせいで
JDが高1の頃かなあ、まー家ごと
ひっくり返るような凄まじい反抗をして
暴れちぎってた期間が
結構長いこと続いてたんやわ。

そのお陰で私はようやく
【JDに勉強を強要させてたんや】
てことに気付いて、
それに気付いてからは
JDに対しては一切、なんーにも
言わんようにはなって。

それからはJDとの関係も
ものすごい上手いこといくように
なったんやけど

なんて言うやろ、

結局 私はJDを小さい頃から
自分の思い通りになるように
押さえつけてたんやな。

けどそれって、私が死んだおかんに
同じように育てられて
1番イヤやったことやったから、
イヤやったことなはずなのに、
我が子には同じことをしてしまってた、ていう。

どうしようもないな。

子育ての下手さでは
日本でもトップ3に入るんちゃう
ていうくらい、
自分の機嫌で子供に当たるし
良いところを伸ばすどころか
悪いとこばっか言うては
伸びる芽さえも摘んでしまってる、みたいな。

伸びる芽がJDにあったかどうかは
分からんけど。

なんせ、はじめての子、ちゅーのは
力が入り過ぎて上手いこと
育てられんかって。

だからJDの激しい反抗は
その渦中にいる時は もう
気が変になりそうなほど
しんどかったけど、今にして思えば
JDが力いっぱい反抗してくれて
ほんまに良かったなと。

いや、ほんまに凄い反抗やったんやわ。
反抗がひどかった時のJDは
私のことを【あんた】て呼んでたから

『あんたさえ おらんかったら』
『あんたのせいでアタシは
こんなんなったんや』
『もう どっか行ってよ』
『あんたなんか消えてよ』

そんなん言うて毎日暴れてたなあ。
物を投げつけてくるし
私を突き飛ばすし。

けど父ちゃん(主人)には
そんなん せんねやわ。
せんし、言わん。
父ちゃんはキレたら ちゃぶ台
ひっくり返すような人やから
父ちゃんには力では敵わんて
思ってたからやろか。


私はその頃は、おかんの介護で
疲れ果ててて、その上さらに
JDは暴れるしで、ほんまに どっか
遠くに逃げてしまいたかったなあ。

で、JDは高校も休みがちに
なってたから担任の先生に
高校専属のカウンセラーの先生に
相談することを勧められたんやわ。

ほんでカウンセラーの先生に
相談してみたら、

『お母さんの子育て、大成功じゃ
ないですか。お母さんがご自身の
幼少期にお母様に出来なかったことを
今 娘さんが出来てるということは
娘さんにとってお母さんは
心許せる唯一の人ってことですよ。
【くそババア】て言われたら
子育て大成功と思って下さい。
必ず夜が明ける日が来ますから。』

て言われてカウンセラー室で
わんわんと声を上げて泣いたのが
高1の夏のことやったわ。

確かに私は、死んだおかんに
反抗したことが無かった。
おかんが どうやったら喜ぶか、
それのみを考えて生きて
そのためだけに自分の人生を
選択してきてしまった。

そう考えたらJDの反抗は
有難いことなんかもしれんなあと
ひとまずホっとして、
それから なんやかんで
月日は流れて高2の終わり頃に
なったあたりからようやく
反抗は沈下していったんやわ。

あ、ごめんなさい、
反抗の話が長くなって
しまったけど、なんせ そんな感じで
高校生活もあと1年。
進路をどうするんやってなった時に
冒頭の『国公立以外は働け』ていうのを
ずっと言うてあったんやけど
JDが必死になる様子もなく
こっち(親)もこっちで
JDに対しては一切なんも言わんように
なってたから、ずーっと放って置いて。

で、いよいよセンター試験、
ゆう辺りから ようやくJDは
『このままではヤバい』ゆーて
本腰を入れ始めたんやけど
そんなもん、遅いー、ちゅーねん。

けど親なんて、バカなもんで。

それまでは完全に放置してて
『働け!』しか言わんかったくせに
いざセンター受ける頃になったら
せっせと全面協力やわ。

センター試験の日なんて
例の豪雪で交通機関が完全に
マヒしてたから
JDを試験会場の近くのホテルに
泊まらせることにしたんやけど

その時の父ちゃんね。

父ちゃん:『JDからお前に
なんか連絡あった?』

私:『え、ないけど?なんで?』

父ちゃん:『いや、ちゃんとホテルに
着いたんかなーと思って』

私:『んもー大丈夫やて。
なんかあれば電話かかってくるやろ』

てな感じで、父ちゃん、
全く落ち着かんねやわ。
もうね、5分置きに携帯見てんねん。

私は割とドーンとしてたんやけど
父ちゃんが もう、そわっそわと
うっとおしいくらいで。

いや、うちの父ちゃんてね、
まー古き良き昭和の父親か、てくらい
JDがちっさい頃は子供に
一切興味の無い人やってん。
学校行事も参加したことないし。

よく、娘を心配する父親、
みたいなのをテレビでも
やってるやん。

そういうのをテレビで観ては
『俺はこんな風にはならんなあ』
て大口叩いてたくせに、

こーやわ。

で、夜の21時頃やったかなあ、
JDから父ちゃんの携帯に
電話がかかってきたんやけど
父ちゃんの携帯は充電してて
そこから2メートルくらい離れた
ソファーに座ってテレビを観てたんやわ。

電話がかかってきた時の父ちゃん。

高校球児か、ていうスライディングで
ソファーから滑り込みで電話を取ってやね。

それ もう、智辯和歌山やん、ていう。
もしくは大阪桐蔭か、ていう。

『なんやねん もー』て
でかいツッコミ、入れといたわ。


ま、結局、センター試験は
スベリ祭りをヤラかしたもんやから
もう私立しか選択肢は無くなって。

けど念のため、あかんとは思うけど
国公立も受けて。

ほんで案の定、国公立はダメで
いよいよ窮地に追いやられたJDが
どうしても行きたい県外の私立を
見つけたらしく、
一人暮らし代は全部自分で賄うから
私立に行かせてくれと。

まー 大喧嘩やわ。

私立だけでも無理やっちゅーのに
県外で一人暮らしなんて、
家丸ごと吹き飛ぶわ。

ゆーても親なんて
やっぱりバカなもんで。

あれだけ、働けー!言うてたくせに
あっさり根負けしてオッケー出して
しまうねんなー。

そんなわけで大学も決まって
これから引っ越しの準備やらで
慌ただしくなるわー思いながら
家の書類を整理してたら
『なんや これ?』ていう
お食事券を見つけてん。

ホテルニューオータニの
高級料亭のお食事券を2枚。

なんと それ
7年前に私がJS(小2の次女)を
出産した病院から貰った
お祝いのお食事券やってん。

いや、こんなん出てきたわー思って。

券を見てみたら特に有効期限とかも
書いてなかったから、まだこの券、
生きてるかもしれんなあと思って
料亭に電話してみたら、使えますよと。

けど私は15年ほど前に
大病をして以来、1回の食事が
6枚切りの食パン半分が精一杯
ていう体やから、せっかくの高級料理も
おそらく前菜の小鉢1品で終わってまうわ
てことで、父ちゃんとJD、二人で
行くことになってん。

この二人は
だいーぶ どすこい倶楽部やから
食べ甲斐もあるやろと。

それに

父ちゃんが娘と一緒に
高級料亭に行くなんて
最初で最後かもしれんし。


こちら。
DSC07398
ホテルニューオータニの
都万麻(つまま)という高級料亭でございます。

いや、二人が家を出る時にね
パっと見てみたら二人の格好が
パジャマとは言わんけど
近くのコンビニに行くような
服装やったから
『ちょいちょいちょーーーい、
待たんかーい。そんな格好で行って
どうすんの。料亭やで?
ホテルニューオータニやで?
あかん、あかん、全っ然あかん』
ゆーて着替えさせてやね。

え~、て二人ともブーブー文句言いながら
しぶしぶ着替えてたけど
帰ってきたJDが言うてたわ、

『もてなし具合がハンパなかったー。
ビビったー。着替えといて
正解やったー。もし着替えんまま
行ってたら捕まるとこやったわ』て。

そらそやろ、ホテルニューオータニに
コンビニ行くみたいな格好で
行こうとする人、初めて見たわ。
JDはまだ世間知らず、ゆうことで
100歩譲ってアリやとしても
同じようにしてコンビニ着で
行こうとしてた父ちゃん、問題すぎるわ。

これやから、下人たちはもう。
(お前もやん)


どんな料理か、写真撮ってきてなー
て送り出したから
DSC07371
父ちゃんと、


DSC07370
JD、交互に撮ってきてくれました。

結局JD的には
あまりにも高級過ぎて
美味しいんか なんなんか
よお分からんかった、て言うてたけど、
DSC07364
春らしい料理が運ばれてくる中で
父ちゃんと色んな話をしたみたいで
帰ってきてから
『泣いたー』て言うてたわ。

父ちゃんは何を話してくれたん?
てJDに聞いたら
『母ちゃんの話ばっかー、
それ以上は言えんけど』て言うてたな。


まさか父ちゃん
ここ数年の夜事情を
娘に話したんちゃうやろな。
(ちゃうやろ)


ほんで一人暮らしのアパートも
手配して前金も収めて一段落
ついてた時に
不合格やった国公立大から
追加合格の連絡が来てやね。

父ちゃんと私とJDと
更には学校の先生まで含めて
『えーーー!』ゆーて
椅子ごと ひっくり返ったわ。

けど そこは、もしかしたら受かるかも
しれん、てことで受けたとこやったから
JDの本意な学部では無かったんやわ。

迷ったな、みんな(先生含む)で
迷ったわ。

迷ったけど、みんな(先生含む)で
出した答えが
どうしても行きたい私立にしよう、
やってん。


ゆーても私は未だに
チラっと未練あるけど。

だってカネが・・・
(それを言うなって)


私の子育ては100パー ど下手で
どうしようもない母親やったし
これからも どうしようもない母親なんやけど、
でもJDが小さい頃から
【女たるものは】とか
【人として】とか
【人間である以上は】とか
そういうことだけは何べんも
JDに擦り込んで話してきたから、

JDが大きくなった時に
私のことは嫌いで構わんし
恨んでくれていいし
でも教え込んできたことだけは
どうか届いてくれてたらいいなあ
とは思ってて。

だから いつの日か
『母ちゃんのことはすごい嫌いやけど
でも母ちゃんの考え方は
嫌いじゃないよ』
て言われるのが ずっと夢やって。


で、JDが引っ越す前の日の夜。
JDと色々話していく中で、

『こんな滅茶苦茶な母親で
ほんまに申し訳なかったなーと思うわ』
て言うたら、

『母ちゃんのことはいつも大嫌いやし
いつも大好きなん、上手く言えんけど
分かるかなー、この感じ。
生き方とか考え方とか、この人には
絶対に敵わんなーて思うよ』と。


ロクな子育ても出来んかったくせに
夢やった以上の もったいない言葉を
言うてもらえて、恐縮でした。


はい、そんなこんなで
慌ただしく受験という
トンネルをくぐり抜け、
JDは新しい土地で
こちらは父ちゃんと私とJS、
3人暮らしの新しい生活が始まりました。

生きていくというのは
次々と新たなステージが
用意されてるもんなんやなーと思った、
そんな この冬の出来事でした。


今日も最後まで読んで頂き
本当にありがとうございました。

お帰りの際には
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『次の記事また頑張ろー』
とか思います。

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