はい どうも。




白かったフツーの引き戸

DSC05544

こんな色で塗るとこまでは
ひとまず終わってまして。



ここから、これを

工場の扉みたいに
していきたい
わけなんですが、



さて、どうしようかな、と。



全体的にステンシル

くどい気がする


ほな やっぱり

サビ塗装するしかないかな、と。




というわけで、

ダイソーの茶色と黒の
アクリル絵の具
をスポンジに
のせて、

DSC05589

こんな感じで叩いて
いくことにします。





引き戸のふちのほう

DSC05592

まあ、適当な感じで。





で、色をつけて、しばらく経ったら

DSC05593

塗れた雑巾で拭きとって
サビ塗装を馴染ませます。



【しばらく経ったら】というのは

色をつけてすぐに拭き取ると

さすがに、ほぼ色が取れて
しまうし、

あんまり時間をおき過ぎても

今度は拭き取れんようになって

わざとらしく描いたサビが
濃く残ったまま
になって
しまうので、

【しばらく】という書き方で
説明してみました。




この加減は難しいようで

そんなに難しくはないです。




経験値、です。

(それ、難しいやん)





はい あとは、

DSC05595

ちょっと濃い目にするところも
あったりとか。





で、

サビ塗装が終わりました。

DSC05598

どうやろ。


どうなん?



ねえ、これ どうなん?

(知らんがな)



ちょっと やり過ぎてないか。




工場の扉っぽい感じは
出てるとは思う。

思うけど、


くどくないか。




んー、ちょっとステンシルを
入れてみるわ。

DSC05604 (2)

端っこのほうに

控えめな感じで。





はい、

引きの画像が こちら。

DSC05607 (2)

うん。


ん?


んー。。。



これはこれで

工場感は出てるとは思うんやけど、


やっぱり、この家のテイスト
にしては くどい気がする。


なんなら、

怖いと名高い富士急のお化け屋敷の
セットに使われそうな感じ

なってる気がする。



別角度から見てみると、

DSC05600 (2)

んー、なんやろ、

なんか、そうじゃない気が
するんやわ。


こんなもん、

子供ら、夜、ここ通って
冷蔵庫まで辿り着けんかも
しれんやん。


もしかしたら私だって、

『え~、怖い~♡』言いながら

ここを歩くことになるかも
しれんし。

(それ、ないわ)




てことで

この扉で1週間くらい過ごして
みた結果、

やけにイライラすることが
判明したので


やっぱ、コイツ
(引き戸)
せいやな、と。

(器の小ささ)





そしたら もう

DSC05640

くどいサビ塗装を消すっちゅー
選択肢しか ないやん。


けど、

扉全部を、もう1回、上塗り
するほどのやる気は無かった
ので


まあ、サビ塗装のとこだけを
上から塗ってしまえば


今回のことは

帳消しになるかな
、と。





はい、こちら。

DSC05711

えーっとですねー


全っ然、帳消しになって
ないんやわ。


めっちゃ、塗りあとが
見えてんねん。




近くで見ると、

DSC05642

こんなありさまに なってしまって。



もー、これ、なに?



サビ塗装を消そうって
最初に言うた人、


誰?



あー、腹立つわー。



ほんなら面倒くさいけど

もう1回 扉を全面塗り
すればええやん


と思った時には、もう

ペンキの残量が
カスみたいなほどしか
残ってないんやわ。



あー、ほんま、腹立つわー。




こうなったら もう
どうしようもないから


名案がひらめくまでは

このまま放置しておくことにして、



次は、気分を変えて

玄関リノベに取り掛かります。






はい ここからは

全然関係ない話やし
面白くない話やし
ちょっと真面目な話なので


お時間の無い方は
スルーしてください。




昨日、

市川海老蔵さんの妻である
小林麻央さんが、進行性がん
であることが報じられて。

その報道の中で、

息子の勸玄君が、25日間という
長丁場の初お目見えの際に

麻央さんは、治療中の身体で

毎日、劇場に足を運んで
勸玄くんを寝かしつけたり
励ましたりしながら

初お目見えを支えた、という
ことが書かれていて。



この報道を知って、

一言では言えないけれど

もし一言でいうとするなら



胸が詰まりました。



私は、

これまでの記事中でも何度か
書いているんですが、

10年ほど前に病気をしたことで
身体が激変し

それ以来は一食が大体、
6枚切の食パン半分が精一杯で

そのせいで、全く羨ましくない
細い体になってますよ
、と。



10年、いや もう13年くらい
経つやろか。



海老蔵さんが会見の中で

【おのおのが忍耐のいる1年8ヶ月。
 そしておのおのが悲しんだ1年8ヶ月】

と、これまでの闘病生活における
日々を述べておられて。



その言葉に、

自身の13年前の光景が
重なりました。


私はただの凡人なので
病名は伏せさせてほしいのですが、


当時はほんまに、きつかった。


家族と その周囲にとっては

筆舌に尽くしがたい日々でした。



ただ、

その病に伏すまでは


私は

どうしようもない大人やったんやわ。


まあ、今でも

どうしようもないんやけど、


当時は私もまだ若くて

JK
(女子高生の長女)もまだ3歳で。


なんやろ、


母親にも なり切れてない、

嫁にも なり切れてない、

大人にも なり切れてない、


何もかもが未熟過ぎた、


そんな大人やったんやわ。




そんな時に病に伏して

身体も環境も激変して

そういった過程を経ることによって


それ以来、


朝起きて

『今日も生きてる』と
感謝しない日は、

一日たりともない。


私みたいなもんが生かさせて
もらっていることに対して

感謝せずにはいられない。



そんな風に思うようになって。


そんな風にして、

生きるようになって。




今でも、その病の爪痕は
まあまあ残っていて

普段の生活の中でも

ダウンすることが度々あるんやけど、


そうした時に、やっぱり

家族の力というのは
最大の支援になるわけで。



だから

家族に対しては
もちろんなんやけど

自分に関わる人たちに対しても

その都度、できる限り 精一杯の
誠意を尽くして接していきたいと
思っていて。



明日、生きている保障なんて

どこにもないから。



そんな大袈裟な、と
思うかもしれませんが、


13年前に患った病は

そんな大袈裟なことを
自然と思ってしまうくらい

私にとっては大きな出来事
やったんやわ。



その病があったから

もう二人目は望めないなと
諦めていた、
いや、

無理なことは十分
承知しながら生きていただけに

長女の出産から11年ぶりに
次女を授かった時には


自分が生きてるだけでも
十分過ぎるというのに

その上 まだ

こんなデカい財産を
もらってもいいんやろか
、と

言葉では言えんくらいの
感情やった
のを

色濃く覚えています。



人には、それぞれに能わった
宿命があって、

それは 時として 

無辜の人々を残酷なほどに
苦しめるほどの、むごい宿命
やったりする場合も
往々にしてある、というのが

生きる者たち全てに課せられた

決して逃れることのできない
さだめで。



そんな風に考えて
生きるようになったせいで

何事に関しても

どうしても、生き急いで
しまうようになったんやわ。



明日、生きてる保障はないから


今日のうちに しておきたい、

今日のうちに せなあかん、

今日のうちに 全部を、


ていうような生き方をするように
なってしまったんやわ。



でも そうかと思えば

今日もまた、いらんことで
子供を怒ってみたり、

相変わらず器の小さい自分に
ため息ついてみたり、


生きてることに感謝してると
言うてる割には

しょーもない生き方しか
できてないので、



まだまだやな、と。


もっともっと

精進せなあかんな
、と。


足りなさ過ぎやな、と。




万事において、そう思います。



ほんまに、そう思う。






はい、

縁もゆかりもない人間の

ただ長いだけの話



最後までお付き合いくださいまして

ありがとうございました。






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(なんかイヤやわー)




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