私はJK(高3の長女)とJS(小1の次女)という歳の差姉妹を持つ、富山県在住アラフォーのDIYクリエイターです。

リノベを始めたきっかけ

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3年前にローコスト住宅を建てたんですが、家を建てた当初は自分がどんなテイストの家に住みたいのか、どんな暮らしをしたいのか、これと言って主軸になるものはなく、ただ流行りの壁紙や流行りの照明を取り入れていました。

でもしばらく過ごしていくうちに違和感というか、しっくりこない感覚というか、そういうストレスを感じるようになったんです。

そこで、自分がどんなテイストが好きなのかを模索するためにSNSや雑誌で様々なジャンルのインテリアを見ていった時に常に自分の中でヒットしたものが、工場・古道具・ビンテージな空間・アースカラー、こういったものたちでした。

これらの要素が全て入っているのは幼い頃に観た、ラピュタやナウシカの あの背景。

古い工業系の空間に女の子が無理なく似合ってしまう、あの空間。

そんな、ノスタルジックでどこか懐かしいような空間に住みたいと強く思うようになったのが、家に住んでから1年半経った頃のことでした。

目指す方向は定まったけれど、やっぱり新築に手を加えるなんて、さすがに億劫になるわけで。毎日SNSや雑誌を見ては『こんな風にしたいな~』『このインテリア、好きやわー』と言っていた私に、ある時 主人が言った言葉。

『俺らは、いつか売る時のためにここに住んでるわけじゃないだろう?せっかく手に入れた一軒家やん。好きなようにイジればええんちゃう?』

それが我が家のリノベの始まりでした。

ブログを書くようになったきっかけ

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リノベを1人でやっても、きっと長くは続かない。だから誰かに見てもらう必要がありました。

それと同時にその頃は、長年に渡るおかん(実母)の介護で心身共に疲弊し切ってました。

もう、家事も育児も何もかも捨てて逃げだしてしまいたくなるようなほど追い詰められていて、このままじゃ確実におかしくなってしまう、そう思った私はブログで記事を書くことに すがるようになりました。

どんなに心がすさんでようが疲弊してようが、とにかくリノベをして記事を書くことに没頭する。そうすることで、おかしくなってしまいそうな自分をどうにか繋ぎとめることができた。

今振り返ってみると完全にネットに依存してたんだと思います。

でもネットに依存してるとか、そんなことはこの際どうでも良かった。ブログを書き続けることでどうにか滞りなくやり過ごせるのであれば。

この時のことを記事にしたものがあるので良かったら読んでみて下さい。
【壮絶な介護の末に母が逝きまして】

北陸DIYの活性化を目指して

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おかんが死んでようやく自身のメンタルも安定してきた頃、インテリアにおける目標というのを考えるようになりました。

でもそれは無理矢理考えたものではなく、むしろ心の中にずっとあったことなんですが、とにかくここ北陸のDIYをどうにかして活性化させたいということ。

今はメディアでも頻繁にDIYやインテリアネタが取り上げられているほど、DIY&インテリアブームになっています。

ところがここ北陸は、まったくもって静かなんです。DIYイベントやワークショップ、リノベによる町おこしなどが全国各地で過熱している中、北陸は中部圏にありながら陸の孤島と化しているかのような静けさ。

そもそも私は、こうやってネットを使って発信することによって一人でも多くの人にDIYの素晴らしさを知ってもらいたいなんて全然思ってないです。

そんなもん、こんなブログごときで何が伝わんねんて話で。

インテリアにしてもDIYにしてもハマる人は勝手にハマるし興味ない人は一生興味ないやろうし。だってもし私が今メイド喫茶について誰かから熱く語られても全く右から左で、響かんわけで。

幾多の人が存在していてそれぞれに何か熱中できるものがあったり、或いは、今は何も熱中できるものが見つからなくてそれが逆に辛いていう人も居たり。

みんなそれぞれに生きてる中で、私はたまたまDIYやインテリアに興味があったという、ただ それだけのことだと思ってます。

しかも私は俗世にスレた煩悩まみれのただの凡人なので、そんな人間がDIYの素晴らしさを伝えたいなんて100万年早いわ、ていう話で。

だけど今のDIYブームが ある一定の地域だけで盛り上がっている風潮がこのまま続くと、せっかく過熱したものでも一過性として終息してしまうような気がするんです。なので できればそうならずに、このまま息の音が長く続いていくようなものにしたい、そう強く思ってまして。

DIYが過熱してない地域はまだまだたくさんあるけれど、そういう場所にも過熱の火が上がることによって連鎖的にどんどん広がっていくんじゃないかと。

だからまずは過熱してないここ北陸をどうにかしたい。

北陸にもDIYイベントをたくさん呼び込みたい。

北陸のホームセンターのDIYコーナーが女性で賑わうようにしたい。

今はそのために記事を書いて発信し続けています。

ブログの進行が遅い理由と余談が多い理由

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このブログは進行が遅くてその上、余談が多いです。

なので、とにかく工程だけをとっとと知りたいという方にはすごく不快なブログかと思います。

なら、どうしてこんなスタイルでやっているのかというと、とにかく細かいとこまで、これ要らんかもしれんなと思うようなとこまで写真つきで詳しく説明したいからです。

決して記事を引っ張ろうとかそういう意図ではないです。

自分が読む側の立場だった時に分からないことが本当に多くて、説明が詳しく書いてあるブログがすごく有り難かったんです。

その詳しい説明だけでもまだ分からなくて写真を拡大して、その人がどんな風にして作業してるのかを舐めるようにして見てました。

そうすることで『あ、この時点ですでにマスキングしてるんやな』とか『この作業する時でも素手でやってる。軍手してないんやー』とか、書いてる人が想像もしないようなことを疑問に思って、それが写真を見ることによって解決できたということがよくありました。

読者のみなさんがどこで疑問を感じるか分からない、それなら多くの情報を提供する形が一番いいんじゃないかと思ってこのような記事スタイルでやっています。

で、ライブドア・アメブロ・エキサイト、ブログにも色々種類があるんですが、私が使っているライブドアは無料のコースで容量にもそれなりの制限があって。そうすると写真を多く使うせいで必然的に1回分の進行が遅くなってしまうんです。

あと、余談が多いのは、これも受け付けない人には不快なとこかと思うんですが、進行が遅い私のブログをなんとか読者のみなさんに飽きずに読んでもらおうと思って最初からやっているスタイルです。

富山在住の富山人なのに関西弁な理由

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私は生まれも育ちも現住所も富山という生粋の富山人です。

ですが記事は関西弁ぽい口調で書いてます。

原因は2つあって。1つは、大学時代の友人に関西人が多くてその時に強烈に影響を受けたというのと、もう一つは、主人が福井出身の人だったということです。

いや、福井出身で どうして?と思われますよね。福井弁てベースに関西弁が薄っすらあって、その薄っすら関西弁に東北なまりを乗せると福井弁になります。

で、主人に至っては、東北なまりが極めて薄くて関西弁の要素が極めて強い福井弁を話す人で、そんな主人と大学時代から付き合って結婚したため自然と関西弁ぽい口調になってしまってるんですが、もちろん富山弁はペラペラに話せます。

なので、例えば 富山弁で喋る関西人 と 関西弁で喋る富山人 が居た時に圧倒的に後者の方が批判を受けやすいというか…『え?富山なのに関西弁喋ってんの?なにそれ…』といった冷ややかな反応に晒されがちだと思うんです。

でも逆のパターンだと『え?関西なのに富山弁喋ってんの?』となり、そのあとに続く言葉が『ありがとーう!富山弁なんかを喋ってくれて!なんか申し訳ないわぁ』となるわけで。

これは関西弁が持つ独特のステイタスっていうか、方言でありながらも非常にポピュラーな位置づけにあるからこその現象で、そこから来る格差かと思います。

なので関西の方で、ここまで読んですでに、富山人である私が関西弁を使っていることに対して不快感を持たれた方もおられると思います。

そういった方には大変申し訳ないなとは思いますが、私としては染みついてまった関西弁で書くほうが断然ラクなので、どうか寛大に受け入れて下されば本当に幸いです。


はい、以上です。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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